第30回 街に出ていく看護を

第30回 街に出ていく看護を

叶谷 由佳
横浜市立大学医学部看護学科長

街に出ていく看護を

黒岩:高齢者は病院や施設だけでなく街の中に大勢おられます。高齢者をどう看ていくのか、その現場はいくらでもあるんですね。神奈川県では団地に注目しています。老朽化が進み、住民の高齢化も加速し、一人暮らしの方が多い団地も増えてきました。ここで発想を逆転しました。高齢者がまとまって住んでおられるのなら、そこに医療や介護が出ていけばいいのではないかと考えたのです。現在、「健康団地」という概念で、まずは県営浦賀かもめ団地の再生に取り組んでいます。医療、福祉サービスの企業などが団地の中に入っていきますと、訪問看護も訪問介護も容易になります。街全体が施設になるんですね。

叶谷:素晴らしい発想ですね。

黒岩:看護師や看護学生がその団地に行くのは望ましい看護教育になるはずですよ。

叶谷:私もそういう教育がしたいです。横浜市立大学医学部は金沢区福浦にあるのですが、近くの並木地区は高齢化が進み、空き住宅が出てきています。かつては活性化していた商店街も今は空き店舗が多いんです。そこで、横浜市立大学ではこの地区を街づくりの拠点として空き店舗と契約し、住民の方の相談をお受けできるようにしました。認知症は早期発見が肝要ですが、病院の支援センターにいらっしゃるときには本当に困った状態になっていることが少なくありません。ですから、知事のおっしゃるように、こちらから出かけていって、何かおかしいとか、以前と比べると変化があるという段階で薬や治療に結びつけられれば早期解決に繋がります。そういった未病の段階で関われる拠点にしたいと思っています。

黒岩:そういう形であれば、看護師は病院にいるものだという枠を取り払うことになりますね。看護師にとって、プロフェッショナルという意識は大事ですが、色々な職種との融合も必要です。健康団地も団地再生という対策と、高齢者の医療対策、未病を治すための対策、介護対策といったところとのクロスファンクションで出てきた概念です。

叶谷:縦割り行政では駄目ですね。

黒岩:そうです。叶谷先生が早期発見が大事とおっしゃいましたが、その早期発見を誰がするのかということです。色々な人が連携すれば、それだけ発見も早くなります。新聞や牛乳、郵便、ヤクルトを配達する人やガス会社の人など、皆で見守っていかなくてはいけません。その中で、看護師がプロデューサー的な役割を担うのが理想ですね。

叶谷:同感です。知事はお話が早いですね(笑)。

商店街の活性化

黒岩:私は商店街活性化にも力を入れています。そこで、商店街活性化と観光を結びつけ、商店街を観光の目玉にするツアーを行っているんですよ。

叶谷:個性的な商店街だと、ツアーで巡っていても楽しそうですね。

黒岩:実験的に始めたところですが、大好評を得ています。日頃は身近な商店街にしか行かないものですが、ツアーで誘導されると、ほかの商店街にも行くことになります。違うエリアからお客さんが来ることで活性化に繋がるんですね。これからは観光だけでなく、商店街と看護、あるいは商店街と高齢者など、福祉や医療などとも結びつけていきたいです。お店の人が「あのおじいちゃん、最近、来ないね」とか、「元気になったね」と気づいていけることが大事だと思います。

叶谷:国も地域包括ケアシステムを打ち出していますが、実現のためにはコミュニティを再生しないといけません。今のようにコミュニティが脆弱になっている以上は何か仕掛けが必要ですね。専門職だけでできることは限られていますから、まずはコミュニティの連帯感が基盤となって、そこに専門職が入っていく流れにしないといけません。

黒岩:看護学生も商店街活性化に興味を持ってほしいですね。

叶谷:横浜市立大学でも街づくり志向を持つ看護師の育成事業を行っていきたいと思います。街づくりにあたっては色々な人と手を組まないと、高齢者の生活も把握できません。現在の急性期病棟では患者さんが地域に帰っていくことを念頭に置かないと看護していけないんですね。私どもでも視野の広い看護師を育て、送り出していきたいです。

フレディ・エクササイズ

黒岩:未病を治すにあたっては運動も大切です。神奈川県庁では「対話の広場」を定期的に開催していますが、その中で出てきた話を発展させ、今年の2月に「神奈川健康チャレンジフェスタ2014 IN 大和」を行いました。そのイベントでは、日野原重明先生が監修し、私がプロデュースした、介護予防ダンスの「フレディ・エクササイズ」を披露しました。披露したのはフレディ・エクササイズ・キャラバン隊で、子どもたちと平均年令71

「いのち」に向き合う看護師を育てる

黒岩:未病を治すにあたっては運動も大切です。神奈川県庁では「対話の広場」を定期的に開催していますが、その中で出てきた話を発展させ、今年の2月に「神奈川健康チャレンジフェスタ2014 IN 大和」を行いました。そのイベントでは、日野原重明先生が監修し、私がプロデュースした、介護予防ダンスの「フレディ・エクササイズ」を披露しました。披露したのはフレディ・エクササイズ・キャラバン隊で、子どもたちと平均年令71

お互いに期待すること

叶谷:国は地域包括ケアシステムや在宅医療の推進を目指してはいますが、制度が追いついていません。診療報酬一つをとっても、患者さんの視点からすれば在宅医療よりも病院にかかる方が自己負担が少ないのに、国は在宅推進の姿勢を崩しません。看護師の視点からしても、在宅医療よりも急性期病棟で働く方が給料も身分も安定しています。自分で起業して訪問看護ステーションを運営している看護師もいますが、こういう政策ゆえに、その数は伸びていません。国の制度が変わりにくい以上、地方公共団体のリーダーである黒岩知事が必要な政策を実行されているのは有り難いです。これからも医療の現場を支援していただきたいです。

黒岩:横浜市立大学は市立ですから、これまでは横浜市との連携が中心でしたが、これからは神奈川県とも一緒にやっていきたいということで提携を結んだところです。今後は独自の看護教育を始められることを期待しています。神奈川県では「神奈川県医療のグランドデザイン」を策定しましたが、医療や福祉は全国一律の基準で行うものといった考え方があったためか、都道府県単位では初めてのグランドデザインだそうです。教育分野でも神奈川県独自のアイディアでやっていきたいですね。今日はありがとうございました。

叶谷:ありがとうございました。

叶谷 由佳 プロフィール

1967年に北海道函館市で生まれる。
1989年に北海道大学医療技術短期大学部看護学科を卒業する。
1991年に千葉大学看護学部看護学科を卒業する。
1993年に東京大学大学院医学系研究科保健学専攻修士課程を修了する。
1993年から1995年まで千葉県がんセンターに勤務する。
1998年に東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻博士課程を満期退学する。
1998年に株式会社ヘルスケアシステムズ看護管理部長に就任する。
1999年に東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科助手に就任する。
2002年に東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科にて論文博士号(看護学)取得する。
2003年に神戸市看護大学看護管理学助教授に就任する。
2004年に山形大学医学部看護学科地域看護学講座教授に就任する。
2012年に横浜市立大学医学部看護学科老年看護学領域教授に就任する。
2013年に横浜市立大学医学部看護学科長に就任する。日本看護科学学会代議員、日本看護研究学会理事、日本看護管理学会理事など。