私達ナースです(看護師の声)

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Vol.2  ツアーナース 中井 素子さん(仮名)

ツアーナース
中井素子さん (仮名)

ツアーナースとは団体旅行に添乗する看護師である。
中井素子さん(仮名)は、看護師になって25年のキャリアを持っているが、2年前からツアーナースとして働き始めた。

中井さんは看護師免許取得後、神戸市内の病院に就職した。泌尿器科を標榜し、人工透析に力を入れる病院だったので、手術や透析、病棟業務など様々な業務に携わった。一方で長期休暇が取れると、頻繁にツアーに出掛けていたという。

「そこまで長い休暇は頂けませんでしたので短期のツアーばかりでしたが、それでも旅の魅力に取り付かれました。何かを求めたというわけではありませんが、漠然と海外で生活したいという思いから、15年勤務した病院を退職し、イギリスへ渡りました。」

英語を学ぼうと渡英した中井さんだったが、イギリスを拠点に様々な国に旅行を始めた。その頃ジャパニーズクリニックの求人を知る。これは日本人駐在員や観光客向けのクリニックで、主に健康診断業務、外来などを行っていた。

「日本ではチーム医療が浸透し、流れ作業的なところもありますが、そこは看護師も私を含めて3人でしたから、こじんまりとしており、一人一人の患者さんに非常に丁寧に診察していました。患者さんというよりもお客さんというイメージがありましたね。」

契約期間は1年だったので、1年後、中井さんはイスラエルに赴くことになる。著名なハダサ病院で、今度は看護師ではない立場で雇用された。イスラエルはヘブライ語がメインであるが、30%ぐらいの割合で英語を話す人がいる。そのため簡単な通訳や、ファイル整理などの事務をこなした。こちらも1年契約だったので、契約終了後、中井さんはまた旅に出ることになった。東ヨーロッパ、東南アジア、インドなど6年弱にわたって旅行したという。

2004年に「疲れたなあ」という思いから帰国した。そして半年間、神戸市の特別養護老人ホームに勤務したが「自由に休みを取りたい」ために退職し、複数の派遣会社に登録した。ツアーナースという仕事を知ったのも、この派遣会社からの情報だった。中井さんは早速、中学校の修学旅行に添乗する。

「東京に行きました。最初のうちは、どこからどこまでしていいのか非常に悩みました。しかも看護師は一人ですから孤独ですし(笑)。何が起こるのか予測がつかずに不安でしたが、実際に業務に入ってみると、その不安はだんだんなくなりました。」

日本に帰ってきて、どういう仕事をしようかというビジョンがあったのだろうか。

「看護師を辞めたら、どんな仕事ができるのだろうとは思っていましたし、全く医療関係とは違う仕事をすることにも憧れがありました。もともと旅行が好きなので添乗員になることも考えましたが、結局ツアーナースを選びました。」

修学旅行では、発熱、腹痛、喘息の発作を訴える生徒が多いという。重篤な状態だと病院へ連れて行くこともある。その見極めが非常に難しいそうだ。中井さんは「大げさに思われても38度の熱が一晩続いたら病院へ」などという基準を作って対処している。

「その見極めはやはり経験からくるものでしょうか。困ったこともありますよ。例えば、学校の先生方と旅行会社の添乗員さんとの連絡がうまくいかず、救急箱の用意ができていないことがありました。そういうときに限って、切り傷や擦り傷を作ったり、バスの中で発熱した生徒がいたり・・ホテルに医薬品をお借りして何とか凌ぎました。ただ、医薬品の処方に関しては、アレルギーの問題もありますので、看護師に与えられている権限は少ないですね。」

修学旅行のほかに自然学校への同行も多い。兵庫県では小学5年生を対象に5泊6日の自然学校への参加が義務付けられている。

「小学生は中学生と異なり、ホームシックや人間関係のトラブルなど自分で処理ができないわけです。もちろん熱中症などもありますが、病気よりも話をしたいということから保健室に来る子が多いですね。」

中井さんに今後の夢を話してもらった。

「最近はSARSの影響などがあり、海外への修学旅行は下火になっているようで、私もまだ経験がありません。修学旅行だけでなく、一般のお客さんが参加するようなツアーにも仕事があれば、どこにでも行きたいと思っています。」

最後に、中井さんにツアーナースを目指す人にアドバイスをお願いした。

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