3職能と連携

黒岩祐治のプレミアムインタビュー

平澤会長

第5回 3職能と連携

【3職能の連携を】

黒岩:私は1991年から看護師の世界を見てきましたが、看護師を取り巻く環境は大きく変わりましたね。以前は3Kや8Kといったネガティブなイメージを持たれていましたが、今は違います。医療と福祉の境目がなくなってきたというような社会構造の変化もありました。昔は医師と看護師だけだった職場に多くの職種が増え、在宅医療では家庭も現場になってきました。在宅医療に関しての看護師教育はいかがですか。

平澤:まだ弱いですね。チーム医療の中で在宅ではどういう看護職が存在するかと言えば保健師なのですが、保健師は遠い存在になっているんです。

黒岩:どうしてでしょうね。

平澤:保健師は看護師とはターゲットが違うんですね。病院の看護師は疾患で動きますが、保健師が動くときのメインの対象は虐待、孤独、うつ、精神疾患などです。ケースワーカーのケースワークに看護職をプラスした形で、「行政にいる看護職」が保健師ですね。保健職と同じチームを組まないと、看護は見えてきません。

黒岩:保健師、助産師、看護師の連携がないというのは大きな問題ですね。

平澤:助産師も大変なんです。最近、ようやく「妊婦健診を受けましょう」というポスターができましたが、そういうポスターを出さないと、健診に来ない妊婦さんもいます。健診では母性も育ちますので、受けに来ない母親は出産後に子どもが泣いたり、3時間おきにミルクをあげたり、おむつを換えたりということが負担になって、虐待に繋がる可能性が高まるんですね。そういう妊婦さんでも破水したとなれば、病院は人道上の理由から救急車を受け入れますから、ハイリスク分娩とならざるをえません。
助産師、保健師による新生児家庭への全戸訪問を行っていますが、ベテランの方は家庭の様子を30分見たら虐待の気配が分かるんですよ。靴の脱ぎ方が乱雑だったり、煙草の臭いがしたら、黄信号が灯りますね。出産前に煙草を控えていた人でも育児疲れからまた吸い始める人がいます。ところが、新生児はお母さんのニコチンを皮膚で吸収してしまうので、マーブルスキンになるんですね。子どもの首を振るように抱いてあやしていて、頸椎挫傷から障害児になるケースもありますし、助産師、保健師の観察力がものを言います。

黒岩:どんなタイミングで訪問しているんですか。

平澤:出産後28日以内に最低1回は訪問しています。看護協会には看護師、助産師、保健師の3職能があり、同じ看護を学んでいても全く違う仕事をしていますが、連携することが大事ですので、看護協会だからこそやらなければいけないと思っています。

黒岩:保健師、助産師の人たちは看護師よりも偉いと思っていませんか(笑)。私が「看護師なんでしょ」と尋ねても、「いえ、保健師です」と言い張る人もいましたよ。認定看護師、専門看護師もいるし、表現がややこしいですよね。「保健専門看護師とか助産専門看護師という名称じゃ駄目ですか」と聞いたら、「駄目です」と言われました(笑)。

平澤:私なんて保健所に勤務していた頃、たびたび看護師の方に「採血が下手だ」とか、「人工呼吸器の使い方、知らないんでしょ」と言われて怒られていましたけどね(笑)。看護師の方が偉いと思っていましたし、人によるのではないでしょうか。保健師は「保健師の名称を持って保健指導をするもの」と定められているのですが、曖昧です。保健指導でしたら誰でもできますし、栄養士の方がなさっているのも保健指導と言いますしね。

黒岩:私は長く「感動の看護師最前線」という番組をやってきましたが、番組を作るうえで一番、苦労したのは保健師の仕事をどう伝えるかということです。なかなか絵にならないですしね。

平澤:「保健所にいる看護師なんですよ」と言うと、ご理解いただけることが多かったですね。

黒岩:保健師が行く現場にはカメラが入りにくいんですよ。お父さんがアル中で、お母さんが精神を病んでいて、そして虐待があってというような家庭に保健師が入っていくわけですからね。

平澤:保健師は相当、問題があるところに行くんです。病院は自分で解決しようとする人が行くところですし、看護師は病院に来た人をケアするのが仕事ですが、保健師はそうでない人をケアしなくてはいけません。ご家庭に行って、「保健師です」と言うと、「保険は間に合っています」なんて言われてしまうんですよ(笑)。

黒岩:保険の外交員と思われてしまうんですね(笑)。

平澤:昔は結核や精神疾患の方のお宅に伺うことが多かったですね。保健所の車は「○○保健所」と書いてあるので目立ちますから、車を遠くに停めて、お訪ねしていましたよ。また、東日本大震災の被災地では精神面も含めてトータルに看られる保健師が活躍しました。個々の看護技術の展開は看護師の持ち分ですが、困った人をどう看護していくか、様々な分野を結び付けていくというジョイントを行えるのは保健師であり、ケースワーカーではありません。そういったジョイントができない保健師は保健師ではないと思っています。

【福祉職との連携を】

黒岩:連携の面では、看護職と福祉職も溝があり、連携が難しいです。現場での仕事は似ているのに、福祉職とは教育や体系も違いますからね。看護師はプライドが高いです(笑)。

平澤:福祉職の方々は地域のことをよくご存知ですし、法律の運用なども詳しいです。一緒に訪問すると、その違いがよく分かるんですよ。私は「受けてきた教育が違う」という言い方はせず、「育ちが違う」と言っています。違いがあるからこそ専門職なんですし、プロであれば、どういうサービスを展開していくのか積極的に話し合うべきです。

黒岩:以前、厚生労働省の審議会で委員を務めていたときに、ヘルパーが痰の吸引をすることを認めるかどうかという問題で、反対したのは看護協会でした。医療行為だからというのが理由でした。30分に1回、家族が吸引を行っているような家庭ではそのたびに医師や看護師に来てもらうわけにはいきません。そこで家族ができるならヘルパーもできるのではという流れになったのですが、看護協会は駄目だと言うんですね。

平澤:テクニックが必要だからでしょうね。

黒岩:危険だから駄目だということでしょうか。家族がやるのは自分でケガの手当をするようなものだからいいのであって、「業」としてはできないのですね。

平澤:「業」の分担は必要だと思います。今はALS(筋萎縮性側索硬化症)の 患者さん以外の、痰の吸引が必要な在宅療養者や重度障害者に対して、ヘルパーやボランティアなど家族以外の第三者にも吸引行為を一定の条件下で認めており、トレーニングを受けた人たちが行っています。

黒岩:私は「かつての医師会みたいですね」と、かなり強く看護協会に意見しましたよ(笑)。

平澤:知事のおっしゃりたいことはよく分かります。かつて、やられたことをやり返しているみたいですものね。

黒岩:救急救命士誕生の折にも同じようなことがありました。「気管挿管や除細動、点滴などを現場ですればいい」と言ったら、医師から医師法違反だという声が上がったんですよ。吸引の問題も、「看護の世界のことだから福祉の人ができるわけがない」という言い分なんですよね。

平澤:認定看護師もそういう面がなくはありません。認定看護師は専門技術のトレーニングを受けた人であって、そういう人と看護師が一緒に処置をしましょうというのが本来の趣旨です。でも、認定看護師がいる病院でおかしな話を聞きました。「褥創の回診があります」というときに、病棟の看護師が患者さんの創部を出して待っているそうなんです。そこへ認定看護師が来て、「ああして、こうして」と病棟看護師に指示を出しただけで帰っていったんですって。昔の院長回診みたいでしょう(笑)。自分たちが見てきた悪いお手本のように権威的な存在になってしまうのはおかしいです。仲間なんですからね。



黒岩知事プロフィール

昭和55年 3月 早稲田大学政経学部卒業
昭和55年 4月 (株)フジテレビジョン入社
平成21年 9月 同退社
平成21年10月 国際医療福祉大学大学院教授
平成23年 3月 同退職
平成23年 4月 神奈川県知事に就任

フジテレビジョンでは3年間の営業部勤務を経て報道記者となり、政治部、社会部、さらに番組ディレクターを経て、昭和63年から「FNNスーパータイム」キャスターに就任する。その後、日曜朝の「報道2001」キャスターを5年間、務めた後、平成9年4月よりワシントンに駐在する。
平成11年から再び「(新)報道2001」キャスターに復帰する。自ら企画、取材、編集まで手がけた救急医療キャンペーン(平成元年~平成3年)が救急救命士誕生に結びつき、第16回放送文化基金賞、平成2年度民間放送連盟賞を受賞する。
その他、人気ドキュメンタリーシリーズの「感動の看護婦最前線」、「奇跡の生還者」のプロデュースキャスターを務める。「感動の看護婦最前線」も平成5年度と14年度の2度にわたって民間放送連盟賞を受賞する。さらに、日野原重明氏原案のミュージカル「葉っぱのフレディ」のプロデュースも手がける。
平成21年9月、キャスター生活21年半、「(新)報道2001」15年あまりの歴史に幕を閉じ、フジテレビジョンを退社する。国際医療福祉大学大学院教授に転身するが、神奈川県知事選立候補のため、辞職する。
平成23年4月23日に正式に神奈川県知事に就任し、「いのち輝くマグネット神奈川」の実現に向けて全力で取り組んでいる。

平澤  会長プロフィール

社団法人神奈川県看護協会会長。
神奈川県出身。1967年に相模原看護専門学校を卒業後、神奈川県立公衆衛生看護学校に入学し、1968年に卒業後に保健師資格、養護教諭免許(一級)を得る。1968年に神奈川県に入職し、神奈川県立松田保健所に配属される。その後、神奈川県内の保健所、看護教育大学校、神奈川県庁衛生行政部門、市町村公衆衛生行政部門への派遣などを経験する。2006年3月に茅ヶ崎保健福祉事務所保健福祉部長の職を最後に神奈川県を退職する。2006年6月に社団法人神奈川県看護協会会長に就任する。

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