第35回 黒岩裕治の頼むぞ!ナース

黒岩祐治の頼むぞ!ナース

黒岩祐治
ジャーナリスト。国際医療福祉大学大学院教授。早稲田大学大学院公共経営研究科講師。医療福祉総合研究所(スカパー・医療福祉チャンネル774)副社長 <プロフィール>

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▼バックナンバー #1〜#49

 



 

第35回 〜厚生官僚のデリカシーと命の重さ〜

 後期高齢者医療制度の中で浮かび上がった終末期医療相談支援料は、あまりの評判の悪さに撤回を余儀なくされたようです。終末期を迎えた75歳以上の患者さんにアンケートを取り、治療継続の意思を確認すれば、ドクターらに2000円の診療報酬が与えられるという仕組みです。終末期医療についての厚生官僚のデリカシーのなさがこれほど目に見えるカタチで明白になったことはありません。

 そもそもなぜ、このような仕組みが議論されたのでしょうか。それは75歳以上の老人の終末期医療は金がかかってたいへんだからなんとかして削減しなければいけないという理由からでした。それは確かに事実でしょうが、事実だからといっても物事には言っていいことといけないことがあります。その機微が全く分からないまま、政策の必要性を訴え、挙句の果てに大反発を喰らってしまったというわけです。

 かつて「女は産む機械」と言うデリカシーのない発言をして徹底糾弾された厚生労働大臣がいました。この大臣は弁明すればするほど、新たな問題発言が飛び出すというとんでもない人物でした。「私は経済の専門家だから・・・」という弁明がありましたが、これは思わず本音が飛び出したと見るべきでしょう。経済の専門家だからどうだと言うのでしょうか?厚生行政にはウトイとでも言いたかったのでしょうか?私には「自分はカネの問題から物事を考える人間です」と宣言しているようにしか聞こえませんでした。

 カネのことから物事を考える大臣もいてもらわなければ困ります。しかし、厚生労働大臣というのは、いやしくも人のいのちを預かる大臣です。カネのことから物事を考えることを担当している大臣に対峙して、いのちを守るためにカネをもぎ取ってくるのが仕事ではないのでしょうか?それが自分は経済の専門家だからと開き直って平然としていたのですから、呆れ果てるしかありません。それならばいったい政府の中でいのちは誰が守ってくれるというのでしょうか?

 厚生労働官僚もいのちを守るために働いているのですから、その言葉の一つ一つにデリカシーが求められるのは当然のことです。特に終末期医療においてはなおさらです。終末期医療とは本来、生きるとはどういうことなのか?死とはなにか?自分の死をどうするか?・・・哲学的な深い思索に基づいて論じられる課題であるはずです。

 それを財政論から議論を始めて、「カネがかかるから終末期はこうしましょう!」などと論じられること自体、根本的に間違っています。カネの問題から終末期医療を語られたら、結論は見えています。なるべく早く死んで下さい、長く生きられるとおカネがかかってみんなもたいへんですから・・・ということになってしまいます。それ以外の結論があるでしょうか?

 デリカシーが求められるという点についてはガンの告知についても同じです。最近は告知することがかなり一般化してきたようですが、告知すべきかすべきでないかという簡単な図式で考えられる課題ではありません。告知するにしても、どのような言葉で語るのか?どのような状況でどんな表情でどんな雰囲気で語るのか?告知した後をどうするのか?・・・。それによって、全く違った結果になってきます。

 私はかつてドキュメンタリーシリーズ「感動の看護師最前線」の中で、ホスピスケアのナースを取材したことがありました。92年のことで、ホスピスと言ってもまだ一般的にはよく知られていない時代でした。大阪の淀川キリスト教病院のホスピス病棟で患者さんを献身的に支えるナースの姿を感動的に描いたドキュメンタリーでした。

 老人の耳元で優しく聖書を読み聞かせるナース。耳を傾けながら、穏やかな表情を浮かべる老人。「ありがとうね」弱々しい声ではあっても、老人のうれしさがにじみ出てくるようなお礼の言葉。そこにはなんとも言いようのない温かい空気が流れていました。しかし、次のシーンに入ると、一言ナレーションが入ります。「その老人はその夜、安らかに天国に召されました」そんな生と死の日常が繰り返される現場で、満面の笑顔を浮かべながら患者さんに向き合うナースの姿は神々しくさえありました。

 そのVTRを紹介するスタジオ部分のコメントで、私たちは想像すらできなかった問題に直面することになりました。本来は次のようなコメントを考えていました。
「次はホスピスで働くナースです。ホスピスとは末期のガンで助かる見込みの少ない患者さんに対して、余計な延命治療はしないで、緩和ケア・痛み止めを中心にした処置をし、最期の最期まで元気に過ごしていただくための施設です。そこでひたむきに働くナースの姿をご覧下さい」

 ところが、実際にホスピスに入院している患者の中には、ガンの告知をされていない人がたくさんいるというのです。私は頭が混乱してしまいました。病棟の入り口には「ホスピス」という看板がかかっているにもかかわらず、ガンだと告知されていないということはどういうことなんでしょうか?当然、患者さんはこの番組を見ることでしょう。そうすれば、テレビの私のコメントによって末期ガンであることを告知されてしまうことになるわけです。そんなことが許されるものなんでしょうか?

 ところが、院長と看護師長は胸を張って言いました。「私たちはそういうことも分かった上で取材にお応えしているんです。大丈夫です。そのまま言って下さい」
私たちは半信半疑ながら、その言葉に従いました。後で放送日当日の様子を聞かせてもらいました。夜9時からの番組でしたが、当然のごとく、患者さんはみんな自分の部屋で見ていたそうです。みんな放送を楽しみに待っていたと言います。やがて、そのコーナーの放送が始まりました。しばらくすると、あちこちの部屋から大号泣の声が聞こえてきたそうです。まさに私たちが恐れていたことが現実になったのです。

 しかし、スタッフはそういうこともあるだろうという想定の下、患者さんのフォローアップ態勢を作っていました。いっせいにそれぞれの部屋を廻って対応していったと言います。その夜は遅くまでたいへんな混乱振りだったそうです。ところが次の日の朝になると、何事もなかったように元の静かな病棟に戻ったと言うのです。

 院長は次のように語りました。
「ホスピスケアのためには本来はガンの告知をしておかなければいけないんですが、我々のところでは現時点ではまだそこまで行っていません。しかし、患者さんは告知していなくても分かっておられるんですね。分かっているからはっきり言わないで欲しいというお気持ちなんですね。私たちは今回はあえて壁を超えました。それが本来の姿なんですから。動揺された患者さんもおられましたが、私たちがじっくりお話しして、このホスピスという存在を世の中の多くの人に知ってもらうために役にたっていただいたんですよとお伝えしました。すると、全員、納得してくださったんです。有難かったです」

 いのちに関わる問題というのは、このようにAがBだからCになるとか、そういう単純な図式では語れない世界です。特に終末期を迎えた患者さんへの言葉は、語りかける人間も真剣に心で向き合わなければなりません。医療・看護の世界でも最もハイレベルのスキルが求められる分野です。だいたい、そういう終末期医療をしっかり支えられるドクターやナースがどれだけいると言うのでしょうか?医学部の教育でもそこまでは教えていないのですから、個人的な人柄や経験によって支えられていると言わざるをえません。それを街角のアンケート調査みたいに丸バツで答えさせるなんて、あまりにもデリカシーに欠けたやり方と言わざるをえません。

 高齢社会が進む中でみんなが安心して生活する環境を守り続けることは、この国の最大の課題です。そのためにはみんなが自分の欲望を完全に満たすことは不可能でしょうから、ある程度の我慢もしなければいけないこともあるでしょう。そのためには一人一人に納得していただくことが大切です。政策を作り、実行するにあたってデリカシーなき説明で納得させることは絶対に不可能です。そのことの重要性を、官僚も政治家も今回のことでしっかり学習して欲しいものだと強く思う次第です。





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