第05回 スーパードクターエッセイ/水沢慵一

スーパードクターエッセイ

スーパードクターエッセイ

水沢慵一
医療法人社団 五の橋キッズクリニック 理事長(院長)
東京医科歯科大学医学部小児科講師、同付属病院臨床准教授
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第5回 おもちゃの力

 街角にはクリスマスの飾りつけが見られる季節となりました。 私のクリニックでは、子どもたちの病気もすっかり冬進行で、今の大流行は嘔吐下痢症です。スタッフは待合室やトイレを、消毒用のアルコールスプレーとアロマセラピーの精油を希釈したスプレーをもって慌しく走り回っています。

 さて今回は、前回に引き続き、もうすこし私のクリニックのハード面についてお話したいと思います。ハードと言っても、医療設備そのものではなく、小児科の主役たちである子どもたちを笑顔で迎えるための、おもちゃや絵本の備え付けられたプレイ・コーナーです。前回の写真をみていただくと、真ん中の写真のちょうど中央あたりに青い足のおもちゃのテーブルと、その奥に患者さんのお母さんが座った黄色いゾウのソファで区切られたプレイ・コーナーがあるのが見えると思います。この黄色いゾウの奥は大人が3人も入れば窮屈なお世辞にも広いとは言えない場所ではありますが、スリッパを脱いで遊べるようになっています。

 来院する子どもたちの全員がぐったりとした状態ではありません。小児科というのは、病院でありながら、大変にぎやかな科です。熱が上がっていたってとても元気そうに見える子、兄弟や姉妹の不調に付き合わされて病院に一緒に来ざるを得ずについて来た子。いろんな子どもたちがいます。そんな「元気」な子どもたちは、ドアを開けて入ってくると、スリッパに履き替えるのも忘れて、笑顔で黄色いゾウをめがけて走っていきます。院内を走らないように制する看護師やお母さん方の注意する声など、この時の子どもたちには聞こえていません。

 黄色いゾウの奥には何があるかといいますと、絵本とおもちゃです。私のクリニックでは、絵本やおもちゃ類に関してひとつのポリシーがあります。それは、「アニメ・キャラクター物を置かないこと」。子ども相手の場所の多くに見かけられるアニメ・キャラクターのおもちゃは、当院にはまったく置かれていないのです。もちろん、アニメ・キャラクターを揃えておくというのは非常に「簡単」な解決策ではあるのですが、私は敢えて、それを避けています。私が好んで揃えているのは、ドイツのおもちゃメーカーである「ボーネルンド社」の木製のあったかいおもちゃたちです。絵本には、古くからの名作絵本である「はらぺこあおむし」の巨大版や「のんたん」シリーズなど、子どもの親の世代も一度は手にとったことのあるようなものが多いのです。

 アニメ・キャラクターも、子どもによって経験は様々ですから一概には言えないとは思いますが、アニメ・キャラクターは子どもの想像力をすでに見ているテレビやマンガなどのビジュアル情報に限定させてしまって、無限の広がりを与えないのではないかと思うのです。想像力はできあいの素地がない方が、きっと抜群に飛躍できるものなのだと思うのです。「ボーネルンド社」のおもちゃたちは、ドイツのマイスター(職人)たちがひとつひとつ手作りで年齢に応じた子どもの発育に適ったおもちゃを作り上げています。それらは実にシンプルで、素朴です。彼らのおもちゃに職人の「ハート」を感じるのはおそらく私だけではないでしょう。日本の工業製品のラインに乗せられたプラスチック製の大量生産されるキャラクターおもちゃには出せない「味」「息遣い」がそこには感じられるのです。そのおもちゃで遊ぶ子どもたちの瞳の無限の輝きを、職人たちは知っています。それを再現するために木を彫り、磨くのでしょう。その職人の心があってこその技にしか、導き出せない結果。そういったものに、私はおおいに共感します。専門こそ違えど、深い感動をもたらすものがどの分野にもあるのだと思うのです。

 飾り気のない素朴なおもちゃだからこそ、想像力を働かせて、遊びを工夫することができる。そんな思いで、当院の子ども向けインテリアは統一されています。アニメ・キャラクター=既存の価値観、刷り込まれた価値観、に囚われない自由なハートでひとりひとりの子どもたち、親御さんたちと向き合っていきたいのです。

 しかし、院内にも悲しい出来事が起きてしまうのも、子どもが人間である証です。プレイ・コーナーの前に置かれた青い足のテーブルでは、木でできた汽車をつなげて走らせたり、病院やビル、家などを配置して街を作り上げることができます。その小さな木の積み木たちが、ひとつひとつと数を減らしていくのです。子どもたちが、つい、おもしろくて欲しくなってしまって持って帰ってしまうのでしょう。木のパーツの数は、この汽車テーブルを設置した当初の半数になってしまい、新しいものを適宜追加しています。子どもが思わず手を出してしまって、持って帰ってきてしまったことを知ったとき、親御さんたちはどうして返却してくれないのだろう?と悲しい気持ちになることがあります。持って行ってしまう子どもにとってはそれは、たったひとつの積み木に過ぎないのですが、持って行かれてしまった側には、それは大事なひとつの積み木です。それがなければ、全体として楽しむことができなくなっていってしまいます。もし子どもが持ってきてしまったことに気づいたら、後日でいいので、郵送でも、郵便受けにでも、受付にでもいいので、返却してもらいたい…と素直に思う次第です。自分としては小さな行為が、時として相手に大きなダメージを与えてしまっている。そういうことがあることを、親は子どもに教えてあげられるといいなと思います。なかなか、ついつい、自分を優先して考えてしまうとできないし、気づくことさえないことですが、いざ、自分が被害者の側にたつといろいろと気づかされることが多いものです。

 ドクハラと呼ばれる医師によるハラスメントが話題になって久しいですが、それも結局、この積み木の事件と同じことなのだろうと思います。自分がやっているうちはわからない、されて初めて分かることがある。そういうものですね。話が横道にそれてきてしまいました。さて、話を戻してもう少しおもちゃの話を続けたいと思います。

 続いて絵本の話を。プレイ・コーナーの自慢の絵本(おもちゃといってもよいかもしれませんが)のひとつが、子どもが両腕を広げたのよりも大きなサイズに見開ける「はらぺこあおむし」の絵本です。「はらぺこあおむし」の作者はエリック・カールというアメリカ人の絵本作家です。この絵本を見たことのない人はまずいないでしょう。そんな定番中の定番が、巨大なサイズにつくられているものがあるのです。この絵本には子どものみならず、親御さんたちも興味を示してくれます。お話の最後にあおむしが蝶に大変身する絵は、大きなサイズなので本当に迫力があります。色彩豊な大きな蝶が羽を広げる姿は、まさに、子どもたちの活き活きと成長していく姿そのものです。

 この巨大な「はらぺこあおむし」絵本もすぐに破れてきますし、「ボーネルンド社」のラクダ、犬、ワニを型どった木製の引き車は、みんなが引きまわって紐が切れるのはしょっちゅうです。けれども、そうやって子どもたちがプレイ・コーナーおいて残していく溢れんばかりのエネルギーの足あとにクリニックは支えられています。

 子どもたちは弱いから、病気になるのではありません。強くなっていくために病気に助けてもらうのです。病気は細菌学や西洋医学では「敵」としてとらえられますが、東洋医学では、子どもがかかっていく流行り病はそれぞれに意味があるということを学びました。
 おたふくや水疱瘡、百日咳など昔から子どもがかかるようになっている病気にはそれぞれに意味があるというのです。病気にかかることで子どもの未熟な心身、対応する臓器がそれぞれに強められていくのだそうです。この考え方には大変驚きました。子どもが病気になるのは弱いからではなく、心身を強めるために病気の力を借りる…それはまさに、大人が社会に出て、難しい問題に直面、解決しながら成長していく姿と寸分も違いありません。

 プレイ・コーナーで小さなおでこに冷却シートをペタッと貼り付けられたまま無邪気に遊んでいる子どもの姿を見ると、人間の無限の可能性と生きる力を感じます。

 インフルエンザ予防注射が始まっていますが、多い日では1日あたり300人という予約をいただいています。子どもたちのパワフルな足跡を毎日毎日クリニックにペタペタとつけてもらっているのだと思うと、へたばってはいられません。予防注射1本にも「ボーネルンド」の職人さんに負けないハートが伝わる仕事をしたいものですね!

 うぅーん、そう思うと…だから、小児科って、やめられないんですよね!
 暖かい冬と侮っていると体調を崩します。自己管理でお互い頑張りましょう!また来月お目にかかりましょう。





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