第22回 スーパードクターエッセイ/水沢慵一

スーパードクターエッセイ

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水沢慵一
医療法人社団 五の橋キッズクリニック 理事長(院長)
東京医科歯科大学医学部小児科講師、同付属病院臨床准教授
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第22回 「事実から真実をみいだす」 - ダライラマ声明文からの随想

 みなさんお変わりありませんか?新しい年度が始まって、お忙しいことと思います。
 ここのところ、世間を賑わす関心事といえば、北京オリンピックとチベット問題。
 興味をもって、インターネットで「チベット」を検索してみると、「ダライ・ラマ法王日本代表部事務所」というサイトがトップに表示されました。私にとっては耳慣れないものでしたので興味をもってみてみると、この機関は、いってみれば“アメリカ大使館”とか“中国大使館”のように、日本におけるチベットの海外出先機関であるようです。
 このサイトには、ダライ・ラマ法王の声明文が載せられています。
href="http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/message/080406_statement_to_all_tibetans.html
 この声明文を読んでみると、非暴力を掲げるダライ・ラマ法王の言葉には苦渋の色がにじんでいます。現在おこっている騒乱の原因や、政治的、宗教的な観点について私は明るくありませんが、法王の声明文の中に、小児診療に通じるおもしろい言葉がありましたので、ご紹介したいと思います。
 以下が、声明文の「3」の中から抜粋です。

『これらの抗議行動は、「事実から真実をみつける」ことを通して問題を解決していく方法をみいだす必要があることを浮き彫りにしています。』

 いかがでしょう?なんとも本質的な言葉だと思いませんか?
 この考え方に照らすと、何か問題が起こった時の解決の方向性は二つあります。ひとつは、このように事実から判断して、事実にあった解決策を講じる。もう一つは、導きたい結果を先に掲げて、それを目標地点として事実を変化させて解決策とする。
 事の流れの自然さから言えば、ダライ・ラマ法王の言う流れが自然なのかもしれません。それは例えていうならば、ニュートンが木から落下する赤いリンゴを見て万有引力を見つけ出したときのように、はたまた、鴨長明が「方丈記」の冒頭で「ゆくかわのながれはたへずして しかも もとのみずにあらず」と書き放った…「事実」を「観察」することでその「本質」(ダライ・ラマの言葉には「真実」となっている)を見出すという方法です。
 この二方向はベクトルのむきとしては真反対になるものですが、事を処理するにあたっては、このふたつの方向性を操ることでダイナミックな動きができます。
 この寄稿においては何度も統合医療的なアプローチについてお話ししてきました。その中で繰り返し申し上げているのは、患者さんを「観察」することです。未熟な研修医時代に私自身も陥りがちであった診察過程…教科書にある病名やデータに、眼前の患者さんの状態を充てはめ込んでいく…というのは、先に紹介した「導きたい結果を先に掲げて、それを目標地点として事実を変化させて解決策とする」の未だ次元の低いところです(前々回の寄稿もご参考になさってください)。
 私は毎日、それはそれはたくさんの子ども達を診察します。見極めの際どい「風邪症状」でも、血液検査の結果を待たずにウイルスの見当をつけることができます。これはひとえに、子どもの症状を全神経を稼動して「観察」しているからなのだと思います。以前は、同じ症状なのにどうして区別をつけられるのかが自分でも不思議に思ったものでしたが、統合医療の道をすすむにつれ、「観察」とは決して「眼で見る」ことに留まらないということがわかり、私なりに合点がいったのです。

「事実を観察する」ということは、本質的な作業です。
 私たちの世代は小学校の理科の授業で「観察日記」をつけた経験から「観察」というのは「眼をもって、ためつ、すがめつ」することだと思い込んできたのかもしれません。しかし、「観察」とは、実は、「私」と言う全存在を総動員しておこなってよい…いや…そうするべき行為だったのではないでしょうか。
 私が出会う患者さんのほとんどは言葉として表現できない小さな乳幼児がほとんどです。それがゆえに、その反応や様子、雰囲気に集中して診断する。その繰り返しの中で、鴨長明が言ったあの名句の意味がわかってきたような気がするのです。
 そして、ふたつの真逆の方向性をもつアプローチを立体的に扱うと、統合医療の面白さが見えてくるような気がします。
 特に、慢性疾患や遺伝的な難治性疾患において、「導きたい結果を先に掲げて、それを目標地点として事実を変化させて解決策とする」というアプローチは、治療の過程を充実させ、より快適なものにさせる力があるのだと思います。
 どんな慢性疾患や難治性の遺伝的疾患においても、小康状態といいますか、いわば安定した状態があります。言ってみれば、その状態においては、その患者さんは「病名をもっている」けれども「健康」な状態といってもよいでしょう。そんな「健康」な状態を、より「元気」に、より快適に充実させるためには「導きたい結果を先に掲げて、それを目標地点として事実を変化させて解決策とする」というアプローチが力を発揮するのです。
 引力に倣って落下するリンゴのように、何の抵抗もなく、既存の治療工程のベルトコンベアに患者さんを載っけるような治療計画は、治癒の過程から人間的な弾力を失わせることがあります。それを食い止め、患者さん本人の治癒力をなるべく大きく伸ばし、引き出し、活用できる治療環境を整えるのが統合医療なのかもしれません。一過性の風邪症状や子どもの病気に対するバームやクリームなどの統合医療的な方針とは違って、時間がかかり、多くの場合はその患者さんの一生の課題となる難治性疾患に対して統合医療をもって治療にあたる…。
 …患者さんは、罹患した「病人」でありながらも同時に「健康人」(=病状が安定している)でもあるのです。その「健康人」としての側面に光をあて、病とともに生きるという「生き方に潤いと豊かさ」を与える。統合医療にはそんな力があるのではないでしょうか。

 うぅーん、そう思うと…だから、小児科ってやめられないんですよね!
北京オリンピックから、チベット騒乱に思いを馳せ、ずいぶんと話が展開しました。
 学生のみなさんやメディカルフィールドにおられるみなさん、子どもたちの親御さん方、私の頭の中に繰り広げられたつかのまの “旅行”が何かの参考になればと思います。
 また来月おめにかかります!






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