第07回 スーパードクターエッセイ/水沢慵一

スーパードクターエッセイ

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水沢慵一
医療法人社団 五の橋キッズクリニック 理事長(院長)
東京医科歯科大学医学部小児科講師、同付属病院臨床准教授
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第7回 小児科医療の現場について

 さて、今回はみなさんにぜひ伝えておきたい小児科医療の現場についての私なりに解釈する課題点を取り上げたいと思います。

 昨今、小児科医療を取り巻く環境は、もっぱらの少子化現象に圧されて非常に厳しいものであるという風潮があります。しかしながら、実は、私は少子化そのものは小児医療の担い手を減少させる直接の原因ではないはずであると考えています。
 なぜなら、それは、小児の分野は全体数が減れども決して消滅する分野ではないからです。たしかに、数のもつ力が大きいのも事実です。しかしながら、数が増えたためにそれに伴って拡大するマーケットが必ずしも良質であるとは限りません。例を挙げると、広く浅くと言いますか「質よりも量」的な現状があるのが、増加する高齢者層への医療・介護の現場であると思います。介護保険が導入されたころに比べればずいぶんと状況は改善しているようですが、度々報道される高齢者虐待のニュースなどをみると、増加する一方の高齢者入院患者・入所者へのサービスの「質」を疑わざるを得ないのが実情です。

 一方、全体数が減少するがゆえに質が向上してきたのが、子どもにまつわる「産婦人科」領域です。もちろんラグジュアリーな出産とは豪華なホテル風な病室に入院するということだけではありません。しかし、出産の現場はそういった高級感のあるもの、自然流なものなど、選択肢が増え、これまでよりも「産む」女性やその家族に対する配慮がなされ、選択肢が多く、医療従事者の意識も変わってきているのは事実です。

 そういった様々な変化がマーケットの成長や縮小(広い意味での成長)とともに起こってよいはずであると私は考えています。しかしながら、小児科医療の現場においては、その選択肢も広がらなければ、質もほとんど変化していません。これは一体どうしてでしょうか?

 いったん成長したマーケット規模が小さくなることを「規模の縮小」と言いますが、この縮小が辿り着く先には大きく差のあるふたつの可能性があります。そのひとつは「衰退」です。縮小を野放しにして、ただ単に老いさらばえさせてしまったマーケットです。そして、もうひとつは「成熟」です。全体量が縮小した結果、質にまわすだけのエネルギーをとることができ、小さいけれどもマーケットが「豊かに成長」した状態です。
 「衰退」と「成熟」には天と地ほどの差があるのは、みなさんの想像できる通りです。いまや小児科医療はこのまま放っておけば、「衰退」していってしまうのではないかと危惧しています。

 小児医療の現場が、いったいなぜ成熟できずに衰退していってしまうのか、私なりの考察をしたいと思います。私は現在、東京都江東区の医師会に所属しております。江東区では、小児夜間・休日診療施設を確保するということで毎晩23時まで医師会所属の小児科医師を当番制で夜間診療に当たらせています。 このサービスは、親にとっては「夜まで見てくれるところがあって安心」という心象を与え、「良い」サービスのひとつであるとは思います。しかし、現場でその柱の一本となっている私は、同時に歯がゆい思いを否めないのです。

 といいますのは、当番医師として当番日に施設に出向いていても、実際の利用者はたいがい5〜10名いれば良いほうです。そして、わたしたち医師・看護師・事務に支払われる人件費は計20万円を越えています。そこに光熱費、運営の諸経費がかかるわけで、そうするといったい一晩でどれだけの費用をかけて5〜10人の患者さんをみるのでしょうか?

 たしかに、たった5人であれども利用者側にとっては夜間子どもクリニックの存在は安心を与えるものなのだと思います。しかしながら、現場をみる人間として、その利用者のほとんどが結局「夜間クリニックなので、こまかな検査もできませんし、薬も一晩分だけだしますから、あとは様子を見ましょう。また明日になったら、病院にかかられてください。」といい渡される患者さんです。つまり、本当に緊急の場合は、夜間子どもクリニックではなく、大きな病院の救急を利用されているというのが事実なのです。また、江東区以外でも大きな病院の夜間診療において、担当がアルバイト医師であれば、どうしても「その場しのぎ」の診療にすぎず、支払われる人件費ほどの質の高い医療にはならないのが現状です。「その場しのぎ」のためにここまでの運営費をかけるというのはどうなのでしょうか……。

 つまり、私が申し上げたいのは、一晩で約20万円かかる運営費、つまりは一ヶ月で600万円近くのお金があれば、その分のお金を実際に小児科を志そうとする医師の卵を教育・育成するために、もっと他の何かに充てることができるのではないかと思うのです。

 夜間子どもクリニックはより現実に即した形で残し、削減できた費用で後進の育成をしなくてはいけないのではないでしょうか。小児医療の現場がより成長し、成熟していくように、諸法の見直しをはじめ各地方自治体、医師会などが積極的に若い医師を育て、利用者の本当のニーズに応え、ニーズを引き出すような分野に成熟していかなくてはいけない時期に来ているように思うのです。

 これまでの寄稿の中で、現行の乳幼児の無料診療制度が必ずしも患者さんたちの本当のニーズではないということを書きましたが、診療における「オプション」が活かされ、子どもたちの多様性とおなじだけの多様性が小児医療の現場にもあれば、小児医療は「衰退」ではなく「成熟」していくのであろうと思います。そこには薬事法をはじめとする諸法の見直しも必要になってくると思います。旧態依然とした制度のなかで、若い医師たちのやる気とアイデアが削がれていくのでは、将来の医療は形骸化して信頼できないものとなってしまうでしょう。ジェネリック医薬品の動きなどで医療も変化してきてはいますが、それは薬事の利権に守られた人たちが自分たちのメリットのために動いているのですから真剣でしょうし、スピードも速いのです。しかし、その影響も小児科にはほとんどありません。そういう社会的なゆがみを医師の卵は敏感に感じ取る力を持っているのではないでしょうか。若い医師たちの「良心」にだけに頼るのでは小児科も「衰退」の一途であることは疑う余地がないでしょう。

 たとえば、喘息やアトピーなど慢性的・体質的な疾患をもつ子どもたちの親御さんは本当に必死になって治療を探し求めています。 昨年から当院ではアロマセラピーを導入しましたので、そういったニーズにも、子どもたちのからだをダメにせず力をつけてあげながら症状を改善していくということが、少しずつできるようになってきました。しかし、全国のほとんどの小児科においては、それはまだ夢のまた夢で、結局、ホルモン的な療法で免疫力を弱らせていってしまったり、ひいては、良い治療法を探し求めた結果、宗教的な要素をもつ団体に治療として通うようになったりであるとか、単なる「うどん粉」を高価なクスリとして買わされたり、健康食品に法外な金額を支払ったりと言うことになってしまうわけです。

 本来は小児科がそういった本当のニーズを正面から受け止め、将来の日本を作っていく子どもたちのために、丁寧な診療をしていかなくてはいけないのではないでしょうか。それが実現できない現状の法制度をはじめ、研修・育成制度などを見直し、活気のある医療現場に成長していかなくてはいけません。本来小児科は患者が子どもたちですから、どこよりも元気いっぱいの科であるはずなのですが、いまの小児医療業界では、何か停滞したムードを感じます。
 「少子化だから仕方がない」ではなく、本当の理由を真摯に受け止め、将来のために粛々と改めるべき制度は改め、後進を育てることに行政・医師会などが根本的に取り組み、風通しの良い現場になっていかなくてはいけません。

 子どものバイタリティをもらいながら診療をし、バイタリティを伸ばし、活かす立場に立つ……小児医療の現場って、本当におもしろいですよ。


 みなさん、これからも体に気をつけて、お互い頑張りましょう。

 「みなさん、おわかりになりましたか?」





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