第24回 スーパードクターエッセイ/水沢慵一

スーパードクターエッセイ

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水沢慵一
医療法人社団 五の橋キッズクリニック 理事長(院長)
東京医科歯科大学医学部小児科講師、同付属病院臨床准教授
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第24回 「むかつく」世代と「アトピー性皮膚炎」

 雨の季節になりました。みなさんおかわりありませんか? また大きな地震が起きました。この寄稿をさせていただくようになってからの短い間に幾度となく大きな地震が起きているような気がします。特にチベットの問題と中国の大地震、秋葉原事件、今回の東北地震をかんがえると、大地に場所をかりて生きている私たち人間の心の紐がもつれるとき、大きな地震や災害が起こっているようにもみえます。
 そんなこのごろ、「言葉による気持ちの表現」と「身体(からだ)」について思いを巡らせていました。少しまえには「キレる」とはどういうことか?というような話題が新聞紙面に掲載されたり、本が出されたりする時期がありました。
 それに似て、「あんな言葉?こんな言葉?」と逡巡してインターネットで「からだことば」というキーワードで検索してみると、まさにそのタイトル「からだことば」立川昭二・著/ハヤカワ文庫(2002年)という書籍に行き当たりました。
 著者である立川氏は、病気という観点から歴史を紐解くという分野の専門家です。本論に入る前に、これはどういう学問なのか、私なりの解釈をお伝えしておきます。現代では「インフルエンザ」とか「花粉症」「アトピー」といった具合に流行(はやりの)病があります。そして、病に対して西洋医学をはじめ、養生や病気を防ぐという意味での衛生面でさまざまな工夫や対策がとられるわけですが、そういった対処法などを詳らかにみていくとその時代の文化や人間たちの価値観などがみえてくるというわけです。

 さて、本題に入りましょう。立川氏の『からだことば』は、どのページをめくっても千歳飴のごとく私を飽きさせないことばかりが書かれていました。一冊まるごと感心しきりの内容ばかりですが、今回取り上げたいのは『第2話 「腹が立つ」「頭にくる」「むかつく」』です。この章の中で興味深い部分を抜粋してご紹介します。(以下、抜粋)
『…今は男女間でことばのちがいがなくなって、むしろ世代間のちがいが鮮明にことばに表れてくる。…(中略)…10代ならば「むかつく」、30、40代ならば「頭にくる」、60代以上になると「腹がたつ」という。…これらの表現のちがいについて考えてみると、「腹がたつ」は、怒りがおなかにたまってむしゃくしゃする、これがこみあげる、いきどおるのです。「頭にくる」は、怒りが頭にカチンとくることで。だけど、「むかつく」は、どんな感じで怒っているのか、ちょっとわたしにはわからない。…「腹がたつ」と「頭にくる」はいずれもからだの名称が入っている。ところが、「むかつく」は腹も頭も入っていない!』
として、「むかつく」という感覚を「その人を見ただけで、あるいはそういう状況を察知しただけで反応してしまうのではないか、と思うんです」と述べ、「むかつく」という感覚を(頭や腹の)なかをめぐって出てくる言葉ではなく、体の内側に入る前にはねのけてしまっている感覚ではないだろうかと述べているのです。
「むかつく」という言葉は、今のような使われ方をするのは10代の若い世代であると、同時に作者は書いています。つまり、この論を借りれば、今の時代において「子ども」とよばれる世代は周囲の情報を体内にいったん取り入れることなく、そのまま跳ね返しているというわけなのです。この点について、多くのアトピー性皮膚炎患者を診る小児科医として、子どものからだの感覚と現代の言葉感覚が想起させる何かを感じざるをえませんでした。
 それは、アトピー性皮膚炎というのは、身体の最大の防御壁である皮膚のトラブルだからです。近頃では、皮膚の重要性よりも、「頭と心臓が一番だいじ!」と思う方も多いのではないかと思いますが、実は、その人がその人らしくいられるためにもっとも寛容な働きをしているのは、「他人」と「自分」を区別する防御壁である「皮膚」なのです。皮膚は「輪郭の線」であり、皮膚がなければその人の世界が完成されることはありません。そう思ってみれば、いかに「皮膚」が大事な役目を担っているかがわかっていただけるかと思います。

 立川氏の論に合わせてお話しましょう。10代の若い世代が近ごろ好んで使う「むかつく」という言葉の感覚は、その状況や誰かの言動を「自分の中に入る手前で突っぱね返す」ことでした。そして、アトピー性皮膚炎の状態がひどい皮膚は、防御壁としての働きが脆弱に成り下がってしまっていて、本来もつ正当な力を発揮することが出来ません。
 健康な皮膚の場合なら、周囲の変化や情報、他人の言葉や思いなどが発する力をまず受け止めて、肌を通して筋肉になじませ、その上で「腹が立つ」とか、頭で処理すれば「頭にくる」とかいう反応ができるのでのではないでしょうか。それが、最近の子ども達の多くに見られる「肌の乾燥」、これはなにも子どもに限ったことではなく、その親の世代にも見られる現象です。皮膚を乾燥させ、過剰に敏感にしてしまう理由には、都会生活ならば排気ガスに汚された空気、塩素をふくむ水、インスタント食品や外食などの化学的な調理、季節に合わない食事、冷えを助長するような服装、夜型の生活、インターネットや携帯メールなど目を酷使する習慣、仕事や家事育児、老いなどにおける生活そのもののストレスなど、様々な理由が考えられます。そういった、肌の機能の大事なバリア機能が「異常をきたしている」世代に重宝されているのが「むかつく」という彼らなりの「からだことば」なのではないでしょうか。
 立川氏曰く「頭にくる」を使うのは30、40代だそうで、たしかに40代に属する私も、いわれてみれば「頭にくる」を使うグループに入っています。つまり、人が使う言葉はその人の精神性であり、身体性そのものなのではないでしょうか。そう考えると、アトピー性皮膚炎の小さな患者さんたちを少しでもらくにできる方法へ何か良いヒントがあるような気がしてなりません。

 今年から私のクリニックでは、従来の治療方法では積極的な解決法のなかった慢性の症状を改善するために、ベビーマッサージを取り入れています。この夏からはアトピー性皮膚炎の患者さんにまで対象枠を広げるのですが、ちょうどこのタイミングで立川氏のユニークな著書にめぐり合えたのは幸運でした。
「むかつく」という子ども世代、「頭にくる」親世代。「腹が立つ」おばあちゃん、おじいちゃん世代。そして、ちょうど立川氏の論には20代と50代が抜けていますが、おそらく「むかつく」を使用する若い20代の親世代。実に多様な体感覚が育児において錯綜しています。子育てが若い核家族世代のみに依存すれば依存するほど、子どもを取り巻く「肌環境」は希薄なものになるのかもしれません。
 ところで、クリニックに訪れる赤ちゃんの何割かに、とても「手のかからない」静かな赤ちゃんがいます。とても静かなので、お母さんも子どもに大して気をかけないで済む。いってみれば非常に「交流の少ない」親子がいるのです。一見するとおとなしい赤ちゃんは問題がなく済まされがちですが、どちらかというと、おとなしい、いや「静か過ぎる」子どもこそ注意して向き合っていかなくてはいけないのだと思わされることがしばしばあります。

 もちろん、それはもっと大きくなってからの話ですが、手をかけずにいると身体的特徴として、長い時間同じ姿勢でいるために向き癖が出やすかったり、表情が乏しい、身体がヒンヤリしている、皮膚がなんとなくハリがない、存在全体に主張感というか活動的な空気が薄いなど、防御機能がきちんと働いているのかどうか心配な雰囲気が現われやすくなります。それはつまるところ、免疫系にも作用して、繰り返し風邪をひいてしまったりすることになるのです。
 からだとは、言葉であり、言葉は精神である。そして、身体と精神は常にともに成長する。そんな再発見に思いを新たにするこのごろです。

 うぅーーん、そう思うと、小児科っておもしろいですよね!
 次回、また元気にお目にかかれますように! 梅雨時、おたがい身体に気をつけましょう。





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