第17回 スーパードクターエッセイ/水沢慵一

スーパードクターエッセイ

スーパードクターエッセイ

水沢慵一
医療法人社団 五の橋キッズクリニック 理事長(院長)
東京医科歯科大学医学部小児科講師、同付属病院臨床准教授
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第17回 ベビーは小さな大人、大人は大きなベビー:「皮膚感覚の基礎をつくるベビーマッサージ」

 この2、3日で突然、冬がやってきた気配です。大慌てで上着やコートの準備をしているご家庭も多いことでしょう。今年もインフルエンザの時期になったわけですが、当院でもすでにインフルエンザの予防注射を開始しており、多い時は300人近い子ども達やそのご家族の腕にチクリとやっています。手前味噌で恐縮ですが、私の注射は痛くないと好評(笑)で、全然泣かずに注射を終える子ども達もたくさんいます。そんなとき、私も人の子、ホッとするのが本音です。

 さて当院では、本格的な寒さの時期に向けて大活躍のベビーマッサージを取り入れ始めました。通常産婦人科で、赤ちゃんとの絆や愛着形成を促進させるために取り入れられることの多いベビーマッサージですが、当院ではそれはもちろんのこと、よりメディカルな立場で行っていきたいと考えています。

 ベビーマッサージと一口に言っても、手法はさまざま。日本において古くから伝承されてきた小児按摩の技術をはじめ、小児鍼やヨーロッパ系のスエーディッシュマッサージのようなオイルを使った、滑らかな動きのテクニック、カイロプラクティクスや整体の流れを汲む動きのテクニックなど、いろいろなスタイルがあります。

 しかしその目的はさほど異ならず、まずベビーとママ(パパ)の愛着形成、そして、その次に症状の改善となります。当院ではトリートメントは基本的にオイルを使用しますが、これは皮膚が乾燥している子ども達が現代に多いことやオイルを使うことで保温効果が期待できることはもちろん、なめらかなすべり心地が気もちよいという理由からです。オイルを基材に使用して、必要に応じたブレンドをすれば、ベビーマッサージが単なるマッサージではなく、薬理効果を期待できるものともなりうるのです。

 生まれたてのベビーは、触れられることで自分がすでに母体から切り離されて外の世界にあり、自分の感覚を成長させねばならない状況にいることを認識させられます。「認識させられる」というよりも、触れられることで「自分の感覚が成長し、自分という世界(領域)を認識するようになる」といった方が正しいでしょう。つまり、新生児は神経が未発達なので、足の裏をコチョコチョとやっても気がつかないのですが、家族や周囲の人間たちとのたくさんの接触を通して、神経が発達し、末端まで意識が届くようになるのです。そんなことを考えていたら「触れ合い」が如何にも大切なものであるかを切々と感じ入るに至りました。

 というのは、生まれてからしばらくの間に赤ちゃんは触れ合いによって、まず最低限必要な神経を発達させます。痛さや気持ちよさを感じたり、熱さ冷たさを感じたり、そういうもっとも基本的な感覚が備わるわけです。

 そしてその感覚は、人の成長とともにより磨かれ成長していくものです。それは例えば、年とともに味覚が成熟し、より苦いもの、より深い味を見分けるようになることができるのと同じで、触覚(タッチ)=触れられる感覚ということひとつをとっても同じなのです。

 見分ける力、聞き分ける力、味わう力、触れられた感覚がなんの類のものであるのかを理解する力は、すべて、基本的な感覚が年月を経るなかで様々な体験によって刺激され、成長、成熟していくものです。

 しかし現代において、子ども達をはじめとして「成長」というと、まず勉強や知識、早期の語学学習などといった、頭の中だけで成長を急がせる向きがあるように見えるのは私の目からだけでしょうか?

 小さいうちから外国語を学ばせるのも悪くはないのだと思いますが、それだけでは、その知識は実際に運用できるような能力とはなりません。こういった論は私だけでなく、少なからぬ有識者の方々が指摘することです。

 それでは実際に運用できる能力にするためには、知識はどうやって吸収されなくてはいけないのでしょうか?……それが、私がベビーマッサージのことに思いを馳せていてふと思い至った点です。

 実際に運用できる力というのは、常に身体を通した実体験として経験され、筋肉にインプット=吸収された知識です。知識は実際に吸収され、運用されてはじめて「知恵」へと昇華されます。

 現代において、頭の中だけでたくさんの知識を溢れかえらせているのは、子ども達だけではありません。たくさんの大人たちもまた同じ状況にあるのではないでしょうか。手軽なハウツー本はいまだに下火にはなりませんし、情報が溢れかえるインターネットも然りです。

 小さなものでも「資格」が流行して、実際の運用レベルに満たない知識が頭の中に詰め込まれて、消化・吸収されずにいます。その分野に関わる仕事や趣味を持っている方ならまだしも、全く関係ない分野の人が純粋な趣味として資格ゲッターと呼ばれているのも、最近の流行のひとつのようです。

 アインシュタインは、知識は発明や創造のためにマイナスであるとも言いました。けっして無駄ではないのでしょうが、消化できない栄養をおなかの(頭の)中に蓄えておくというのは、栄養があるからといって「玄米」を食べ過ぎて便秘や下痢を起こすのと同じ状態ではないかとも思います。

 それどころか、とりすぎた玄米の栄養を排出するために、体内のカルシウムを消費させ、結局は、活用されない知識が自分の心身を衰えさせるということもなきにしもあらず…なのかもしれません。

 つまり、知識や経験が身体感覚=皮膚感覚を通して経験されるということは、その時点での神経の感受能力(経験の消化能力)の範囲で経験されるがゆえに、オーヴァードーズになることもなく、経験を血肉にするための消化がキチンと行われるということなのです。

 そのためにも皮膚感覚を大切にし、日頃からそれを成長させ、感覚の幅を広く深くしていくことが大事なのだろうと思います。それがなされるためには、なにがなくとも「触れ合い」がなくてはならないのですが、機械によるマッサージでも、百歩譲ってお金をだして買うマッサージ(リラクゼーションやエステ、ひいては男性諸君が買い求めるマッサージ)でも、親子の間のマッサージは、その座を替われることはないのです。

 なぜかというと、ここでいう「触れ合い」は感覚的なものであり、サービスとして固定された内容ではなく、気もちの交流があるものでなければならないからです。それは通り一遍等ではなく、その時に応じた変化が期待でき、刺激や体験が複層にわたるものになるからです。

 その最初のお手伝いが、新生児期のベビーマッサージです。皮膚感覚の基礎中のもっとも基礎となる、感覚の土台を築く時期にその発達のお手伝いをさせていただく。名称にこそベビーが冠されていますが、それは、幼児となっても、児童となっても、思春期になっても、成人しても、いや、成人してからの方がより一層複雑な人間関係の中でふれあいを大事にしていかなくてはなりません。

 「触れ合い」の基本的な安心感は、大人へと成長し、より成熟していく段階において、異性との愛情を育みあう行為=セックスの基本となります。そして、味覚や聴覚の成熟と同じように、触覚において刺激の多様な差を見分け、自分にとっての快・不快を認識することは自分の幸福感、ひいては周囲を幸福にする力となっていくのです。

 ちまたにはベビーマッサージが流行して、「やったことがないと母親ではないような気がして…」といいながら、講座を受講する新米お母さんもいるようです。しかし、ベビーに限らずマッサージの基本は、触れ合いを通じて、癒しあう行為です。最近では育児も欧米化されて寝床を親子で別にしたり、ベビーカーの登場でオンブの機会も減っているようですが、日本では昔から触れ合う育児が主流であり、昔ながらの日本的育児なら敢えて「ベビーマッサージ」と声高に叫ばずとも、自然と触れ合う育児になっていたのです。

 肌感覚を通して癒しあうという感覚は、出産や育児を経験していると自然と再現しやすい感覚かもしれません。成長期においての家族や大人になってからのパートナーとの親密な時間や愛情を深め合う体験を経て、皮膚感覚は安定し、感覚の精微さを増し、感覚の幅を広くしていくことができるのです。

 「ベビーは小さな大人であり、大人は大きなベビーである」という言葉を聞いたことがあります。

 ベビーであれ大人であれ、ヒトの感覚にはなんら差はなく、いつも磨かれるのを待っている宝石と同じなのだろうと思います。…そんな、肌感覚を大切にしながら、メディカルなカウンセリングとテクニックをあわせた私のクリニックにおいてしか提供できないベビーマッサージを提供して行きたいと思っています。

 …子どもの先に大人あり。大人の先に子どもあり。

 うぅーん、そう思うと…だから、小児科ってやめられないんですよね!
 来月お目にかかるときにはもう慌しい時期ですね。
 寒いときには、自然と人と人の距離が縮まります。お子さんともご家族とも、まずは触れ合いから。
 また次回、お目にかかりましょう。





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