第06回 黒岩裕治の頼むぞ!ナース

黒岩祐治の頼むぞ!ナース

黒岩祐治
ジャーナリスト。国際医療福祉大学大学院教授。早稲田大学大学院公共経営研究科講師。医療福祉総合研究所(スカパー・医療福祉チャンネル774)副社長 <プロフィール>

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▼バックナンバー #1〜#49

 



 

第6回 〜メンドリナース〜

 「メンドリ政治が日本を滅ぼす」これは評論家の西部邁さんが今から20年近く前に使った言葉です。当時の社会党の土井たか子党首が参議院選挙で消費税増税反対を訴えて闘い、いわゆるマドンナ旋風を巻き起こし、たくさんの女性議員を当選させたときのことです。「山が動いた」という名文句とともに、今の政治の流れを語る上で欠かせない政治史上のヒトコマでした。

 この表現が全女性を敵に回す可能性があることは分かった上で、もともと皮肉屋の彼はあえてこういう刺激的、挑発的言葉を使ったのでした。西部さんが言いたかったのは消費税導入は日本全体のことを考えたときにはやむをえない選択であって、主婦感覚で安易な反対はすべきではないということでした。

 今でこそ消費税は私たちの生活の中では当たり前のこととなっています。しかし、それでも今また消費税を上げなければならないという議論になると、抵抗感を示す人はたくさんいます。増税を歓迎する人なんてどこにもいるはずがありませんから、当然のことです。当時は消費税そのものがなかったところに、新たな税制として導入しようとしたのですから、その反発の強さは想像に難くないでしょう。

 消費税は買い物をするたびにレジで払う金が増えるわけですから、他の税金以上に家計を預かる主婦が過敏に反応する税金です。マドンナ旋風と呼ばれた現象は、「主婦感覚を政治の場に持ち込んで消費税に反対しよう」という土井社会党の政治スローガンが多くの女性の心をつかみ、社会党大躍進、自民党大惨敗という選挙結果をもたらしたものだったのです。

 ただ、それがなぜ「メンドリ政治」なんでしょうか?「マドンナ政治」ならまだしも「メンドリ政治」とはなんだ!と憤慨する女性も多かったでしょう。これはもちろん西部さんの造語です。
 メンドリは餌をつつくときに目の前の餌ばかり見てそれをつっつきます。それは卵を産む体を作らなければならないメンドリの種の保存のための本能のようなものです。ところがオンドリはメンドリが餌をつっついている間中、胸をいからせて目を八方に向けながら外的からメンドリを守ってやっているというのです。
 つまり周りの状況を全体的に見ながら大局的思考をするのがオンドリで、目の前にあることばかりに集中するのがメンドリだということです。政治とは本来は大局的思考が必要な世界であるのに、そこに主婦感覚を持ち込むなどということは目先の利益優先の政治に堕することであり、それは日本を滅ぼしてしまうというのが西部さんの分析だったのです。
 「冗談じゃない。目先の利益優先の政治をやってきたのは男性の政治家ではなかったのか?」「そもそも消費税論議を男と女の問題で議論するなんてナンセンス!」女性たちの怒りの声はいくらでも飛んできそうです。しかも最近は女性化している男性が多く、逆に男性化している女性も多くなっているようですから、あまり意味のない議論かもしれません。

 しかし、つい先日、ある高名で優秀な女医さんが自らのことについてこういう言い方をされたので、驚きました。「私たち女性はどうしても目の前のことに集中しがちで、全体が見えなくなってしまいがちなんです」その言葉を聞いて、急に20年前の西部さんの評論を思い出したのでした。もちろん個人差はあります。男女で線が引ける問題ではないことも重々、承知の上であえて私の本音を言うと、私もそういう大まかな傾向を感じることがあります。特にナースの世界を見ていて、そう感じることはよくありました。

 どうでしょう?あなたの周りに「メンドリナース」っていませんか?あなた自身は「メンドリナース」になっていませんか?つまり、メンドリのように目先のことばかりに目をやって、全体が見えなくなっているナースです。ナースにとって目先のことというのは、目の前の患者さんのことです。自分の担当している患者さんのことしか見えなくて、全力投球しているナースというのは、実は患者にとっては素晴らしいナースであることは間違いありません。

 しかし、一人一人の患者さんに焦点を当てすぎることで、逆に病棟全体が見えなくなってしまうってことはありませんか?一人の患者さんに時間をかけすぎってしまって全体の作業が終わらず、結局他の患者さんの迷惑になってしまうことってないですか?自分としては一生懸命に働いているのに、いつも看護師長さんに叱られてばかりで納得できないって不満を持っている人は、実はそういうタイプかもしれませんよ。それは「メンドリナース」と言われても仕方ないでしょうね。

 私はそういった「メンドリナース」はプロとしては一流でないと思います。何人かの限られた患者さんは満足してくれるかもしれませんが、それ以外のたくさんの患者さんは不満でいっぱいだろうと思うからです。プロはどんな仕事であれ、結果が勝負です。少なくとも自分の担当する患者さんには全員に満足していただかなければなりません。たった一人でも不満を抱かせてしまってはプロとしては失格です。

 レストランでも同じでしょうね。ランチタイムに一気に客が20人もやってきたとします。一人一人にどんなに美味しい料理を出したとしても、時間がかかりすぎて待たせる人がたくさん出てしまったら、その店には客は来なくなってしまうでしょう。持ってくるのは早くても料理がまずければ、それもまた同じことです。どんなに忙しいときであろうが、どんなハプニングがあろうが、常にお客さんには全員、満足していただくことがプロとしてては当然のことです。

 看護配置基準3:1であっても、夜勤には20人の患者さんを1人で看なければならないという過酷な現実で、全員に同じように満足してもらう看護を実践しろと言われても無理だと言うナースもいるでしょう。それはそれでなんとか改善しなければならない現実でしょうが、だからと言って目の前の患者さんに我慢して下さいと言うわけにはいきません。現に、同じ条件であっても見事にプロとしての仕事をこなす人もいるのですから、言い訳にしか聞こえないでしょうね。

 私は長い間、ナースの社会的地位の向上というテーマに取り組んできました。今ではかつてに比べればかなり改善されたとは思いますが、私がナースの問題に目を向けるきっかけとなった准看護師問題は残念ながら未だに解決に至っていません。なぜに半世紀以上もナース自身が問題視してきた問題が置き去りにされ続けてきたのでしょうか。それはナースが自分の患者さんの看護に全力投球するあまり、自分たちの職業全体を俯瞰して見ることができなかったからではないでしょうか。

 社会に向けたアピールも上手とは言えませんでした。かつては3Kキャンペーンというのがあって、看護の現場はきつい・汚い・危険の3K職場だとナースたち自身がさかんに世の中に向けて発信していました。そういうキャンペーンを続ければ続けるほど、ナースのイメージは下がり、ナースのなり手は減り、余計に労働条件は悪化する。結局はマイナス効果しかもたらさないことがどうして分からないのかと傍で見ていてヤキモキしていました。

 一人一人のナースがどんなにいい看護を実践していても、職業全体が地盤沈下してしまえば、そのがんばりが正しく評価されることはありません。ところがそういう発想が看護界にはあまりなかったような気がします。看護界全体に「メンドリナース」的傾向があったように思えてならないのです。

 それではみなさんが「メンドリナース」になってしまわないためには、どうすればいいのでしょう?それは普段から意識的に自分自身を客観視する視点を持とうとすることが必要だと思います。病棟の上の方から全体を俯瞰して見つめるような視点を、患者さんを近くで凝視する視点と同時に持つことが大事です。
 先のレストランの例でも同じことでしょう。客席の状態とキッチンの中の仕事の流れを上から俯瞰して見るような客席係でなければ、お客さんを満足させることはできません。
 意識を持つかどうかで、全然違ってくるものです。「メンドリナース」という言葉を頭の中でイメージしてみながら、そうならないようにしようと思えばいいのです。今日から早速始めてみて下さい。





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