第37回 黒岩裕治の頼むぞ!ナース

黒岩祐治の頼むぞ!ナース

黒岩祐治
ジャーナリスト。国際医療福祉大学大学院教授。早稲田大学大学院公共経営研究科講師。医療福祉総合研究所(スカパー・医療福祉チャンネル774)副社長 <プロフィール>

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▼バックナンバー #1〜#49

 



 

第37回 〜「院内ADR」にベテラン 元ナースの登用を〜

 私が医療について取材したり、発言したりしているからでしょうか、医療についての相談を受けることは少なくありません。最も多いのは以前、この欄でもご紹介した中西医結合医療を紹介して欲しいという癌患者さんやその家族からのものです。しかし、先日は私自身、どう対応していいか分からない内容でした。

 先日、私の目の前に突然現れた年配の女性が真剣な表情で話を聞いて欲しいというので、断るわけにもいかず、相談に乗ることとなりました。「8年間もモヤモヤした感情を抱えてきた問題なんです」と言いながら、彼女は事の経過を詳細に記録したメモを私に手渡しました。リポート用紙8枚にビッシリと書かれたその内容は、要するに8年前に受けた手術とその後のリハビリが医療ミスだったというものでした。

 股関節の手術をした後、つらいリハビリをさせられていたら、結果として足が2.5センチ短くなってしまった。事前にきちんとした説明がなかっただけでなく、当然のことのように言われて、腹が立った。元に戻すのは再手術しかないと言われたが、衛生状態もよくないこの病院で再び手術を受けることは絶対にイヤだと拒否した。その後、何度も話し合いの場を持ったが、埒があかず、そのうちに当時の担当医も病院を変わってしまった・・・

 だいたいそのような内容でした。感情にまかせて書かれた文章なので、病院がいかに不潔だったかが延々と書かれていたりしていて、論旨不明快で話のポイントはなかなか理解しづらい文章でした。読み終わった私に対して、今度は8年間その胸のうちにたまった思いをどんどん吐き出してこられました。私はとにかくじっと耳を傾けることしかできませんでした。

 私が一番知りたいと思ったのは、この私に何を求めておられるのだろうということでした。しかし、それを聞いても、「なんとかして欲しい」とおっしゃるばかりです。ご自分で独立してしっかりとした仕事をなさっている方で、決しておかしな人ではありません。ただ、なんとかして欲しいと言われても、私に何ができるか、皆目、検討がつきませんでした。

 そこで聞いてみました。「いったい何を求めておられるんですか?病院にどうして欲しいと思うんですか?」すると、「なんと言ってもネ、謝ってくれなかったものですからネ。とにかくヒドイんですよ」と言って、また延々と当時の話が始まりました。またまた細かいエピソードの羅列が始まり、話が分からなくなってきました。そこで少し話を遮るようにして、改めて質問をしました。「じゃ、医者に謝ってもらえばいいんですね?」

 一瞬、初めての沈黙があり、「いやぁ~、当時はそう思っていたんですけどネ。おかけでその後、仕事ができなくなる時期もあって、被害も受けましたからネ」とおっしゃるのです。「ということは、賠償金を払ってもらいたいということですか?」すると、「私はバブルの時に仕事がうまくいきましたので、なんなんですが、生活がどうのというわけではありませんが、あのおかげで仕事ができなくなったことはやっぱり許せないという思いでして・・・」このような調子で延々と話が続き、要するに賠償金が欲しいのか欲しくないのか、さっぱり私には分かりませんでした。

お金に困っているという感じでないことだけは確かなようですが、賠償金と言われても、おそらくご本人にも分かっていなかったのでしょう。しかし、彼女のやるせない気持ちを満足させる結果とは、病院側が謝罪してお金を支払うということ以外は考えられませんでした。しかし、自分がお金にこだわっていると思われることがご本人としてはイヤなようで、話をあえてそらそうとするから、余計に真意をはかることがたいへんでした。

「じゃあ、裁判をしますか?」と私は聞きました。すると「裁判をしたらどうなりますか?」と聞いてこられるので、「時間とお金と労力はかかりますよ。でも、勝ったとしてもあまり満足できないというのが医療裁判の場合は多いようですけどね。裁判になると、病院側も組織防衛のために全力を注いできますからね。まず、8年も前の話をなぜ今、持ち出すのかという点も徹底的に突かれますよ」と、率直にお話をしました。

これには全く納得できないという顔をされて、「そんなこと言われたってあんまりですよ。何度か話し合いにも行ったんですが、ろくに相手にもされなかったわけですから。しかも私も具合が悪かったりなんやらして、今は元気になりましたけど・・・」「いや、それは私が言ってるのではありませんよ。裁判をすると、向こうはそういうことを問題にしてくるって言ってるだけですからネ」

すると今度は「示談にできませんかねえ?」と言い始めました。やはりお金による決着を考えているというのが正直なところのようでした。「できないわけではないでしょうが、そのためには裁判も辞さずという構えを見せつつ、病院側と話し合うことが必要でしょうね。病院が裁判は面倒でイヤだと判断したら、示談が成立するかもしれませんが、先方が裁判になっても勝てると判断したら、難しいでしょうね」「最初から示談はできないんですか?」「それは相手があることですから、向こうがどう判断するかですからね」

弁護士に相談したのかどうかも聞いてみました。すると、医療裁判ができる弁護士を人から人へのツテを頼って紹介してもらったそうですが、「あまりいい人じゃなかった。信頼できそうな感じじゃなかったです」と言うのです。どうやら、弁護士も乗り気になれる話ではなかったようです。弁護士も関わろうと思わなかった話を私にどうしろと言うのでしょうか。改めて聞いてみると、「医療のことをいろいろご存知なので、なんとかしてくれるんじゃないかと思って・・・」

 知らない人の相談にどうしてここまで乗らなければいけないのかという気持ちもありましたが、せめて恨みを買われるような対応だけは避けなければなりません。結局、1時間近くお付き合いをする羽目になりましたが、最後はなんとか納得していただき別れることができました。傍で見ていた友人はハラハラしていましたが、これも顔を晒して仕事をしている人間の宿命というものなんでしょう。

 ただ、私は彼女を非難しようと思っているのではありません。彼女の話を聞きながら、病院に対してこういう不満を抱いている人はたくさんいるだろうなと思っていました。最近はクレーマーやモンスターペイシェントと呼ばれるようなタチの悪い患者も多くなっているようですが、そこまではいかないけれど、治療や扱いに対して納得できない思いを抱えたまま、悶々としている人は決して少なくないでしょう。

 こういう人たちの思いを受け止めるために、ADR(裁判外紛争解決手続き)の必要性が議論され、病院の中と外にそれに対応する仕組みができつつあったはずです。それは今、どの程度、機能しているんでしょうか?院内ADRのメディエーターとして、患者さんからの苦情処理に積極的に関わり、活躍しているナースのことをこの欄で紹介したことがありました。少なくとも、その病院にそういう人がいれば、私などに相談に来る必要はなかったでしょう。

 彼女は何度か病院と話し合いの場を設けていたと言っていましたが、彼女の訴えにはほとんど耳を傾けられていないような印象を持ちました。もし、院内メディエーターがしっかりと彼女の思いを受け止め、当事者である医師や看護師、介護スタッフらを呼び、お互いの言い分をぶつけ合う場所を設けていれば、それで解決していたのではなかったかと私には思えました。

 ただでさえ人手不足の中で、ギリギリの人数で働いている病院にそこまで求めるのはなかなか厳しい要求かもしれません。それならば、職場を離れている潜在看護師を院内メディエーターとして再雇用するということも検討してみてはいかがでしょうか?長い間、現場を離れていた年配の看護師が看護の最前線で実際の看護を実践するのはたいへんでしょうが、患者さんからの苦情に耳を傾け、その思いをどのように収めていくかを考えることは、人生経験豊富だからこそできる仕事かもしれません。

 私が実際に相談に乗ってみて感じたのは、あの彼女が最も必要としていたのは、その思いをしっかり聞いてあげる人だったのではないかということでした。そして、その無念さに共感してくれる人さえいてくれれば、それでかなりの不満は解消されたのではなかったかと思うのです。そういう聞き役はある程度、年齢がいった人の方がいいのではないでしょうか?誰も聞いてくれない、無視されると思うから、どんどんエスカレートするのでしょう。少なくとも、私が聞いて差し上げるより、ベテランの元ナースがじっくりと聞いてあげる方がはるかにいい結果になることだけは間違いありません。潜在看護師の発掘と病院の危機管理、そして患者の満足度向上の一石三鳥の方策だと思うのですが、いかがでしょうか?





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