第22回 黒岩裕治の頼むぞ!ナース

黒岩祐治の頼むぞ!ナース

黒岩祐治
ジャーナリスト。国際医療福祉大学大学院教授。早稲田大学大学院公共経営研究科講師。医療福祉総合研究所(スカパー・医療福祉チャンネル774)副社長 <プロフィール>

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▼バックナンバー #1〜#49

 



 

第22回 〜『院内ADR』に取り組むかっこいいナース〜

 久々にかっこいいナースに出会いました。市立豊中病院の医療安全管理室の室長を務める水摩明美さんです。院内で起きたさまざまなトラブルを解決するのが彼女の仕事です。
「黒岩祐治のメディカルリポート」(医療福祉チャンネル774)で知り合いましたが、映像を通じてその存在感が画面のこちら側に飛び出してくるようなオーラを感じさせる素敵なナースです。

 医療現場では毎日のようにさまざまな揉め事が起きますよね。豊中病院でもヒヤリとしたりハットしたりする、いわゆるインシデントリポートが年間2400件と言いますから、月平均200件にも達します。病院側が対応を誤ると裁判に発展してしまうことだってありえます。それを裁判に持ち込まないで話し合いによって解決させようというのが、水摩さんが取り組んでいる「院内ADR」です。

 ADRとは「裁判外紛争解決手続き」。つまり、裁判によらないでトラブルを処理するための仕組みで、国会でADR法が作られてこの4月に施行されました。「院内ADR」とはその医療版で、今、国会で検討が行なわれているところです。水摩さんたちの取り組みはその先駆的なものと言えます。

 前々回も触れましたが、医療訴訟の件数は年々増加傾向にあり、平成8年度には全国で575件だったものが、平成16年には1110件にまでになっています。患者の目はかつてよりはるかに厳しくなっています。医療裁判が紛争解決の有力な方法であることは間違いありません。しかし、死亡した患者の遺族が勝訴して賠償金を手にしても、逆に病院側が勝訴して無実が証明されたとしても、そこに至るまでの長い長い道のりを考えると、「お互いがつらい思いをするだけ」と水摩さんは言います。

 裁判になると、訴えた方も訴えられた方も攻撃モードにならざるをえません。病院が訴えられたら、当然のごとく、病院側は裁判に勝つために全力をあげます。不利な証拠はできるだけ出さないようにするでしょうし、たとえ強弁であっても自分たちの行為の正当性を徹底的に主張します。ただでさえ、身内を亡くして傷ついている家族の心はズタズタにされていきます。その挙句、たとえ勝ったとしても、亡くなった家族が戻ってくるわけでもありません。

 「実際に裁判に付き合ったことがあるんですよね。終わった後にですね。向こうの弁護士とか家族の顔を見たら、何がどう解決したのかなと思ったことがありますよね。もっと、早くにきちんと話し合いで出来なかったんだろうかって」水摩さんは言います。
 
 医療訴訟が増えたのは医療側のこれまでの体質にも大きな責任はありました。医療の中味についての情報はあまりオープンにされませんでした。情報が出されない分だけ医師は権威を感じさせる存在になることができました。医師と患者との圧倒的な情報格差ゆえに、患者側が一方的に我慢を強いられることが普通でした。医師は「先生」と呼ばれ、患者が小さくなって身を委ねるしかない、それが医療現場の光景でした。しかし、そういった現実は物言えぬ患者の心の中では“医療不信”として、大きく育っていっていました。そんな“医師中心の権威的なお任せ医療”から“患者中心の医療”に変えていかなければいけない。それこそが医療の目指すべき改革の姿だと思われてきました。私自身も「物言う患者になって権威主義的医療を打破しよう」と訴えてきました。

 その方向性は基本的には間違ってないと思いますが、その後、医療現場でもさまざまな努力が行なわれるようになってきました。インフォームドコンセント(説明と同意)やセカンドオピニオンなどが、きちんと行なわれている現場も多くなってきました。患者と情報を共有し合いながら、ともに病と闘っていく姿勢を大事にする病院は増えてきました。

 そんな地道な病院の努力にもかかわらず、固まってしまっていた医療不信は「物言う患者」によって、劇的に噴出するようになってきました。メディアがその流れに乗って居丈高に攻め込んでくるだけでなく、最近は捜査機関にまでそういう風潮が拡がっています。福島県立大野病院で起きた妊婦の失血死で産科医が逮捕された事件はその象徴ではなかったでしょうか。

 医療事故、あるいはその疑いがあるインシデントが起きた時、そもそも患者・家族が求めるものはなんでしょうか?それはまずは「真実を知りたい」、「誠意を持って対応して欲しい」、「二度と起こらないように再発防止策を示して欲しい」そして「落ち度があったら謝って欲しい」ということだそうです。そのためには、医療者と患者・家族が冷静な環境の下できちんと話し合う場を作ることが最も大切なことです。ですから、裁判によらない紛争処理が今、注目されているのです。

 「お前、手術失敗したんやろ〜。どないしてくれるんや〜。こらぁ〜、殺したろか〜」「おりゃぁ〜、おまえら仕事でけんようにしたろか〜」患者・家族側からのクレームというのはこんな暴力的なカタチで持ち込まれることもしばしばだと言います。患者に起きた想定外の出来事に衝撃を受けて、感情的になって怒鳴り込んでくるのだそうです。中にはクレーマーと呼ばれるようなクレームばかりつける家族もいるようです。実はここからが水摩さんの出番です。この仕事を始めた当初は、そのあまりの追及の激しさに水摩さん自身も逃げ出したくなったそうです。

 まずは現場で解決できるものはできるだけ現場で解決してもらうようにしていると言います。病院全体でADRに取り組んできたために、現場にもそういう意識が徐々に浸透してきて、現場だけで解決できる例も増えてきたそうです。現場だけでは患者・家族側が納得しない事例が水摩さんの主催するメディエーション(仲裁)という会議に持ち込まれます。ここで患者と担当医療者が直接向き合って話し合いをします。「最初はきちんと患者さんも話そうと思っていらっしゃるみたいですけど、どうしても感情の方が先に出て、怒るわ、泣くわのシーンから入ることが多いですね」水摩さんは言います。

 水摩さんがその会を仕切っていること自体にかみついてこられることもあるそうです。
「あんたはどこに雇われてるんや、どこから給料もろてるんや、あんたはそれでも中立と言えるんか」
 確かに院内ADRで中立性は担保されるのかという疑問はあります。現に院外の第三者機関としてのADRも存在しています。茨城県医師会では医療問題中立処理委員会を設置し、医師、弁護士、学識経験者らが加わり、医療紛争を解決しようとしています。

 「私は確かに病院の人間だし、白衣も着てますけど、医者の話も聞きます。病院の話も聞きます。でも、同じようにみなさんのお話も聞きますからね」
 水摩さんはそう言って、会を仕切っていくそうです。院内ADRによって解決できればそれにこしたことはありません。万が一、それで処理できなかった場合に院外ADRへということも考えているそうですが、まだ、そういう事例はないと言います。

 2年間に医療安全管理室に持ち込まれた事例は53件、そのうち26件でメディエーションを行なったそうです。患者側の「納得」を得られたのは65.4%、「一応納得」は15.4%で、合わせて80.8%、裁判にまで発展したことはないそうです。着実な成果が上がっていると言えそうです。

 かつて妻が手術の合併症で半身麻痺の後遺症が残ったことで、猛烈な勢いで抗議をしてきた男性がカメラの前でこんな風にインタビューに答えました。
「医療上の問題があったのなら僕らにも分かるように噛み砕いて説明して欲しいのに、それがなかった。それが後になってうまいこと説明されても本当のこと、言うてるのかいなという気持ちになりますんでね。だから信頼関係薄れておったんですわ。それが水摩さんが出てきて、双方の話を聞いてくれる。医師に対しても、あなたはこういったところが悪いですよと水摩さんは指摘してくれる。そのうちに、いろんな憤りも薄れ、許す気持ちになってきましたわ。水摩さんの努力に負けました。」

 医療にはミスもトラブルも起きるものです。そのミスはいのちに関わるような重大事態に直結しているからこそ、その当事者となった患者・家族が激怒するのは当然のことです。病院にとっては最も触れられたくないこと、しかし、家族にとっては最も追及したいこと、その間に入って仲裁を行ない、ウィンウィン、すなわちみんながハッピーになるような解決先に導く仕事。それを圧倒的な存在感でテキパキとこなしている水摩さんは、やはりなんと言っても“メチャメチャかっこいいナース!”としか言いようがありません。





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